秋田ノーザンブレッツの前身である「秋田市役所ラグビー部」。
1958年に創部され、全国社会人大会に8回出場・ベスト8に4度も入る好成績を残すなど、全国にその名を轟かせていた。
時代の流れとともに秋田市役所ラグビー部も変化を重ね、2004年に「秋田ノーザンブレッツ」としてクラブチーム化された。
今回は、そんな秋田市役所ラグビー部OBの安東さんに当時のお話を伺った。
(写真)東北社会人リーグに所属していた秋田市役所ラグビー部で活躍する安東さん
ーーー秋田市役所ラグビー部では、どのくらいの頻度で練習を行っていたんですか?
練習は毎日やっていました。なかなか人も集まらず、ウエイトするところもないような状態でしたが。
県のスポーツセンターを借りたり、向浜の広場を使ったり。八橋の土のグラウンドをサッカーと半分ずつにして貸してもらったりもしながら、毎日練習するようにしていました。
ーーー当時はどんな気持ちで練習に臨んでいましたか?
当時は市役所ラグビー部が勢いを失いかけていた頃だったので、他のチームには負けたくない、中途半端なことはしたくない、と息巻いていましたね。
自分ひとりで浮いてしまったとしても「このステージにいるんだから真っ当に戦うんだ、市役所だろうが何だろうが、ラグビーをやっている以上はやらなきゃらなないでしょ」って。
ーーー戦い方はどうでしたか?
基礎を大切にした戦い方でした。技術面や体力的な部分では、企業のチームには追いついていないとみんな分かっていたと思います。となると、やっぱり基本のプレーで実直に戦うしかない。しっかりボールとる、しっかり倒す、というようなことを大切にしていましたね。
ーーー現役引退の際は、どのような思いでしたか?
僕はずるくて、きっぱり辞めるとは宣言しなかったんですよ。いつか戻ろうと思っているうちに、秋田ノーザンブレッツが発足して、今更顔を出すのもな、なんて葛藤をして。引退するって言いたくなかったのもありますが、今思えば、心残りではあります。
今の秋田ノーザンブレッツを見ていると、戦い方も進んでいて、羨ましいなと思いますね。