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アランマーレ秋田がWリーグに参入する前年の2020年に入団し、2021-22シーズンのWリーグ初年度から主将を務め、2024-25シーズン限りで現役選手を引退。
セカンドキャリアとして選んだ次のステージは、株式会社プレステージ・インターナショナル アランマーレのフロントスタッフとして活動することだった。
当時、アランマーレ秋田のマネージャーを務めていた高校の先輩から「アランマーレ秋田がWリーグ参入を目指している」と聞き、チームに関心を持った。東京羽田ヴィッキーズで思うようにプレイタイムをもらえなくて悩んでいる時期だったこともあり「環境を変えて、もう一度頑張って活躍したい」という思いでアランマーレ秋田への移籍を決意。2020年に入団した。
入団した初年度はまだ地域リーグでの活動だったが、来年度Wリーグに参入すると聞いていたため、より一層地域リーグで結果を出したいと思っていた。だが参入初年度の2021-22シーズンは、やはりなかなか勝つことができない。そんな中、初めて1勝した時の対戦相手が古巣の東京羽田ヴィッキーズだった。
「ホームゲームの由利本荘大会の時でした。参入初年度だから、正直負けてもしょうがないと考えていたけれど、実際に負けが続いてきつかった。一致団結して勝利できた時はもう本当に嬉しかったですね」
現役選手時代に大切に思っていたことは、Wリーグの選手として子どもたちに憧れられるような存在でないといけないということだった。しかし、当時はまだまだそんなチームとは言えず、まずは応援してもらえるチームになるために、コート外での振る舞いやファンサービスも大事にしていた。参入初年度からキャプテンを務めていたこともあり、対外的なところでも良い印象を持ってもらえるよう気を配っていた。
引退を考え始めたのは、2年前の2023-24シーズンだった。2024-25シーズンは、新人ながらキャプテンを務めることとなった樋口鈴乃選手(現在日立ハイテククーガーズ)を補佐する役目もあり、またチーム状況としても苦しいシーズンだったため「引退するのはこの1年を頑張ってから」と考えた。入団以降3シーズン務めてきたキャプテンという役割から外れ、自分にフォーカス出来てやりきれたと思う面もある一方で、苦しいラストシーズンでもあった。個人競技ではないが、自分のせいで負けたと思う試合に、責任を感じたこともあった。
「引退を決めた時の心境は結構さっぱりしていて。バスケの現役に対しては、やりきったなって思っています」
バスケットボールプレイヤーを引退したことに寂しさや不安を感じている様子はない。その理由は引退後のセカンドステージにあった。
「引退を考え始めた2年前からフロント業務に興味を持っていました。秋田も好きだし、チームも好きだし、選手じゃなくなった時にどうすればアランマーレ秋田に貢献できるかを考えていたら、選手目線とフロント目線の両方を持っている人がいたらいいのかなと思って。それは今までのアランマーレ秋田のスタッフの中だと私しかいないので強みにできると思いました。試合観戦に来た人が『アランマーレ秋田のホームゲームっていいよね』って思ってくれるのが一番嬉しい。それをフロントスタッフとして体現したいと思います」
引退後の具体的な業務は、クラブアンバサダーとしてチームのPR、選手以外の対外活動、アランマーレ秋田バスケットボールスクール事業、試合会場でのアリーナMCと多岐に渡る。スクール事業では、どんなスクールにするかというコンセプトを考えるところから関わっている。
「愛知県にロールモデルとなる人がいて。東京羽田ヴィッキーズのOGの方がやっているスクールのコンセプトがすごくいいなって思ったんです。アランマーレ秋田でもそういうスクールにしていけたらいいなと考えています。バスケのスキルアップはもちろん、育成年代がバスケを楽しく続けていけることも大切にしたい。バスケを通して友だち関係をつくったり、社会に出た時に活躍できるような人を育てていきたい。昔は『バスケと言ったら秋田』と言われていた歴史のある地域で、年々子供が減り、バスケット人口も減ってきているのはとてももったいない」
アランマーレ秋田のバスケスクールを事業として軌道に乗せるだけではなく、秋田県のバスケットボール界が発展する力になりたいという広い視野を持って活動している。
アランマーレ秋田に移籍して来てからは、仕事をしながら競技を続けていた。選手としての自分、社会人としての自分、その両方で成長できることに喜びを感じた。
「バスケだけじゃなくて、プレステージ・インターナショナル内で仕事をしながら競技も続けられたことは、人生経験として本当によかったです。社員の仲間もたくさん応援してくれましたし、社会人としてのスキルも学べて、私にとってとても良い成長の機会になりました」
バスケだけではなく、仕事を通しても成長を重ねていた選手時代。試合でいいプレーができた時やイベントに参加した時に、ファンが喜んでくれることも大きな力になっていた。現役を退いた今でも、ファンは変わらずに声をかけ、応援してくれる。セカンドキャリアを進み始めた今でも、アスリートとしての喜びは続いている。
選手時代のシーズン中の苦労もあるが、引退を決めた大きな理由にもなったセカンドキャリアへの展望。その背景には秋田とチームへの思いがあった。
「秋田のために貢献できることをしたかったので、早くフロントスタッフになりたいと思っていました。自分が東京羽田ヴィッキーズを退団した時に拾ってくれたアランマーレ秋田には恩を感じています。実際に秋田に来てみて、住みやすさやお出掛けの楽しさを感じることができましたし、地域の皆さんも温かくて、正直『永住したい』と思うくらいです。本当に」
“選手を辞めても挑戦を続けたい”。
そんな思いを胸に、女性活躍を推進する土壌がある株式会社プレステージ・インターナショナルで、平松飛鳥は挑戦し、成長する自分を楽しんでいる。